あの日、僕らの命はトイレットペーパーよりも軽かった−カウラ捕虜収容所からの大脱走−:
オーストラリア・カウラは、シドニーの西320キロにある小さな街です。1944年8月5日、この街で日本人捕虜たちが暴動を起こしました。1104名の捕虜による、史上最大の大脱走。オーストラリアでは誰もが知っている有名な事件です。しかし、日本の歴史教科書には登場しません。なぜでしょう。『生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ』この戦陣訓にしばられ、当時の日本政府はこの事件を隠蔽し、当事者のほとんどが口をつぐんだからです。
事件の夜、暴動に賛成か反対か、日本人捕虜全員による投票が行われました。トイレットペーパーのミシン目で切った紙切れに、○は賛成=「死」 ×は反対=「生」 8割が「死」を意味する○をつけ、暴動は決行されました。武器らしい武器もないまま、食事用に支給されたナイフやフォークを手に、自殺志願としか言いようのない大暴動でした。
いつもより少し早く帰って、いつものとおり何の気になしにテレビをつけた際に放映されていたドラマ。ただただ見入ってしまいました。しばらく言葉を失っていました。。。
不況の中でもどうにか平和に暮らしている私たち。少なからず青春を謳歌してきた私たち。彼らの生き方に何を言うことがあるでしょう。。。一日一日を大事に生きているだろうか、何のために生きているだろうか? すぐに忘れてしまう私たち。目先のことばかり、自分のことしか考えなくなっている私たち。必死に生きようとした彼らがいたことなど知りようもない。。。
当時の世相、情勢は私には分かりようもないけれど、自分の意見・気持ちを固辞し、必死に生きようとした二郎に感服しました。。。
そして、私は私の信じた生き方を続けよう、周りの世相や人の生き方に左右されない自己というものを持とう、でも人の生き方・気持ちはもっと尊重しよう。そんな風に思いました。



